2018年3月31日土曜日

「お」江戸川柳色は匂へ & いろはカルタ随想


江戸川柳 色は匂へ 「お・を」 鸚鵡 

 引っこした先も隣にあふむが居

いつの時代も変わらずどこにでも放送局や新聞記者がいる。これが地域社会のコミュニケーションの原点でこの井戸端会議から居酒屋やカフエ、地方議会へと発展してきたわけである。
 今一度、井戸端会議を見直す価値があると思う。

井戸端へ人の噂を汲みに行

江戸時代、長屋の女房の楽しみの一つであった。

流石に現代は井戸のない社会になったので、スマホ片手に集まりやすい場所を意図的に設定するとよい。金がかからず楽しいおしゃべりのできる場を見つけよう。

コンビニへ人の情けを汲みに行く

そんなコンビニやスーパーがあると楽しい買い物ができるのになあ。


「を・お」の2 大一座(おおいちざ)

施主はまだ泣いてゐるのに大一座   よからぬ相談はすぐにやる。

大一座=川柳では多人数で女郎屋に登楼することをいう。葬式帰りや花見や夕涼みのくずれが多い。

町内のぎりさへすむと大一座      なにはともあれ義理とふんどしは。

大一座無理往生は数珠をもち      年寄りの冷や水、ポックリ行くかも。

その数珠はしまってくれと土手で言い  爺ちゃん、それはしまってよ。

人といふものは知れぬと大一座     集団心理は怖い。一人では出来ないことも。



 いろはカルタ 「を」 江戸と上方


 老いては子にしたがふ(江戸)

『年をとってからは、何事も子に任せ、それに従ったほうがよい。』

手も足となり起き上がる夏の朝   掌

隠居生活は年寄りの知恵かも、
  
鬼も十八(上方)

〖鬼も十八番茶も出花。鬼でも年ごろになれば少しは美しく見えるだろうし、番茶も出花(一杯目)が香りがよい。器量が悪くても、年ごろになれば少しは娘らしい魅力が出てくるものだ。〗

 結婚をするときはお互いにお互いの両親を確り観察することが大切である。番茶も花頃の娘も息子も人生の中で一番美しく見える年頃である。
 
その年頃の娘や息子の両親は五十歳代か六十歳代であろう。その両親の姿は容姿もものの見方や考え方も娘や息子の三十年後の姿である。
 
親と同じように親の後を追って成長し年を取っていくことは間違いない。
 
鏡に映る自分の姿を見て「ええっ」と驚いて声をあげてしまった。鏡の中に自分と同じ歳の頃の「父」が居るではないか。改めてじっくりと鏡の中の自分を眺めた。






0 件のコメント:

コメントを投稿