2017年12月28日木曜日

「は」江戸川柳色は匂へ & いろはカルタ随想

  江戸川柳 色は匂へ 「は」 母の愛 


母親はもったいないがだましよい


父はうち母は抱きて悲しめば かわる心と子やおもうらん

「𠮟り手の愛」と「抱き手の愛」がうまく絡み合って子供は成長していくといわれるが、なかなかそうはいかない。

 親父は頑固すぎるか無関心、母親は甘やかしすぎるか口やかましい。戦後、新憲法のもとで親の生き方が随分と変わったようにある。

それでも昭和の時代は子供が良く育った。地域のおじちゃんやおばちゃんとの人間関係があった。今、地域の人間関係も、親戚の人間関係も希薄になって子供が上手く育ちにくい時代になった。

 今一度、父の役割や母の役割を考えてみる時期にあるのではなかろうか。

 母親は息子の嘘をたしてやり

 母親もともにやつれる物思ひ

 娘の恋煩いであろうか、母親も娘と同じようにやつれてしまう。
 
 子を思う母親の心情はかなしいまでに透き通ってみえる。良かろうが悪かろうが全てを丸ごと受け入れる受容力が相手の生き方を変えるのを生まれながらに身につけているのが「母の愛」ではなかろうか。


  「は」の2 馬鹿亭主


  薪水の労をたすける馬鹿亭主

  薪水(しんすい)の労=飯炊きや水汲み

 今では当たり前の男の家事労働であるが、江戸時代では馬鹿呼ばわりされた。買い物のお供などしようものなら馬鹿亭主、駄目亭主と言われた時代である。

どこへでもくっついて出る馬鹿亭主   そんな雰囲気が残っている地方もある。

あいつだに帰る気ならと馬鹿亭主    惚れています。

もう以後はさせやるなよと馬鹿亭主   歳の差がありすぎかな

またもとのさやへ納めるばかてい主   お前ほどの女はいない

  結局のところ、惚れているだけのことです。

 江戸時代にあってやがて来る民主社会を先取りして、男女共同参画の生き方を実践した
愛すべき馬鹿亭主たちである。馬鹿亭主大いに結構、結構。






  いろはカルタ 「は」 江戸と上方


花より団子(江戸)

『風流より実利のほうが良いということ。』

花より団子といわれると、私は江戸文学、好色五人女を思い出す。

 一六八六年、西鶴四十五歳の作品である。テーマをキーワードで言うならば、「人間の愛欲」ということになろう。

 江戸時代の封建制の確立した世界で、義理と身分制度に押しつぶされてきた庶民が、その枠を超えて人間の本能的な欲望を拡大していこうとする社会で「花より団子」の考えが方向づけられた。

 現代の人が受け取る「花より団子」とは、少しばかり意味合いが違うようである。
 花より団子の思想は、一面では人間の解放に役立ってきたが、度が過ぎると人間性そのものを崩壊させていくことになる。


針の穴から天のぞく(上方)

〖小さい見識を持って、大きい物事に臨むこと。〗

 小さい見識の人の方が、大きな立派な見識を持っている人よりも大きな悪さをしない傾向にあるようだ。

 見た目では見識もあり、学歴もあり、生活態度も非の打ち所がない人が、急に変身してしまうことがある。特に、政治家や公務員にそのような人を見る。

 昔から、お役人と言われる人は、権力に近づいたり、権力を手に入れたりすると人柄ががらりと変わり見識も何もあったものではない。ダメ人間になっていくのが不思議である。権力はそれほどの魔力を持っているのであろう。

 見識の高い人は物事の本質や人の心を見抜く力があるので、権力にふさわしい思考や判断を何の苦も無くやってしまうのであろう。公私の区別をなくし自分の都合で判断し決断をしていく。

 人はみんな、「針の穴から天をのぞく」ことぐらいしかできないのかと思ってしまう。

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