2017年12月13日水曜日

「い」江戸川柳色は匂へ & いろはカルタ随想 

   「い」 言名付 

言ひなづけたがいちがいに風を引き


 日本国憲法のもと、結婚の自由が認められ、親の関与が小さくなり当人同士の意思が尊重されるようになった。江戸時代は親の関与が強く、当人たちに関係なく親たちが決めてしまうことが多くあった。

 「たがいちがいに風邪を引く」ような言名付の関係であれば親の方も心配することはあるまい。

 私の知る限りでは、昭和30年代の初めまで言名付という風習が残っていた。同期の男が私の知るただ一人の言名付であった。

 女性の方に男ができて、「駆け落ち」をしてしまった。親たちは二人を取り押さえるために要所に見張りを立てた。駆け落ちの二人は、別々に男は船で女は汽車で示し合わせた目的地へ向かった。

 見張りに立った人たちは「駆け落ち」イコール二人と思い込んでいたために取り押さえることに失敗した。

 昭和の30年代に近松門左衛門の道行きを見るとは思いもよらなかったことである。


  「い」の2 医 者

 もりあてた医者はほどなく痛み入り

 もりあてる=まぐれ当たりのこと

薬の調合がまぐれ当たりで治癒した時は、感謝され礼を貰うときは痛み入るだろう。なんて思ってしまう。

 よい後家が出来ると咄す医者仲間   (よほどの美人だろう。ありそう。)

 仲人にかけては至極名医也      (本職そっちのけ。まあいいか。)

 上手にも下手にも村の一人医者    (しょうがねえ、いないよりいいよ。)


  いろはカルタ随想 「い」


   犬も歩けば棒にあたる(江戸)

 『犬も出歩くから棒で打たれることもある意で、しなくてもよいことをするからとんだ目に遭うこと。また、何かしているうちに偶然うまいことにぶつかることもある。
という二説がある。』

今は昔、ある用事で北浜停留所から大分行きの特急通勤バスに乗ったことがある。
 私の前の座席で県庁勤め風の中年男性が二人で話していた。

 「お役所仕事というものは、仕事をやりすぎても、仕事をしなくてもいけない。するがごとくしないがごとく、宮仕えとは難しいですなあ」

 もう五十年も以前の話だから、行政改革の厳しい現在はこんな夢のような話はあるまい。

 出るくいは打たれる。出すぎたくいは打たれない。出ないくいは腐る。うまいことを言うもんだ。



   一寸先は闇(上方)

〖将来のことはまったく予測できないものだということ〗 

 三日先知れば長者とは、よく言ったものである。インサイダー取引なら三分先に知れば長者というところか。
 人の浮き沈みは分からないもので、昨日まで羽振りよく生活していた人が、突然夜逃げをして蒸発してしまう。
 おまけにどじな泥棒がいて、夜逃げした家に空き巣に入り捕まったりして本当に一寸先は闇である。

 情報化社会の現代は、多くの問題をかなり予測できるようになったが、それでもなお一寸先は闇の部分が人生の重要事において多くある。

 人間には、二通りの生き方があるようで。先のことは分からないから現在の享楽に身を任せて浮かれて馬鹿になって生きていくか、先のことが分からないから最後まで勝負を捨てないで人生を踏ん張りぬくか。


 一寸先は闇をどう受け止めるかで人間の行動が大きく変わっていく。


 

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