2018年7月6日金曜日


江戸川柳 色は匂へ  

「ふ」 封 切(ふうきり)

箱入を隣の息子封を切り

両親が大切に大切に育てた箱入りの一人娘。親の知らぬ間に箱の封が切られており、封を切ったのは誰かと探してみると隣の息子だったりして、親同士はお互いにびっくり。そこで、

隣から腹帯をした嫁が来る

ということに収まって、めでたしめでたし。

こううまくいけばいいのだが、

隣のが縁付いてからどらになり

どら=放蕩、道楽、道楽者。使用例=どら息子。

何か事情があったのか、箱入りは別の男と結婚をしてしまう。「引き裂かれた恋」で、隣の息子は、どらになる。今も昔もよく聞く話である。


江戸川柳 色は匂へ  

「け」 検校(けんぎょう)

証文を焼いて検校縁を組み

検校=盲人の位の一つ座頭、勾当、検校。検校まで出世するには相当の年月がかかるが、役千両を京都に収めれば検校になれた。そのために高利貸しをして金を溜め込んだ。

ざがしら【座頭】と読めば、一座の長である人。特に、人形浄瑠璃(じょうるり)・歌舞伎(かぶき)などの一座の首席役者。

ざとう【座頭】と読めば、
1. 盲人の琵琶(びわ)法師の位。勾当(こうとう)の下。
2. 頭髪をそった盲人で、琵琶・三味線(しゃみせん)をひいて語り物を語ったり、あんま・はり等を業としたりした者。
3. 盲人。

社会保障制度が整備されていなかった江戸時代、幕府は障害者保護政策として職能組合「座」(一種のギルド)を基に身体障害者に対し排他的かつ独占的職種を容認することで、障害者の経済的自立を図ろうとした。

鎌倉時代から盲人のための互助組織として、彼らの座(組合)として機能した。素晴らしいシステムである。座頭金は身元の確実な幕臣に貸すのが最も安全で、しかも、武士は貧しかった。

その結果、貸金を棒引きにして証文を焼き捨てて旗本などと親戚関係になる検校が多くいた。

検校になる前所々でにくがられ

千両をためるために相当あくどい金貸し業をやっていたのだろう。お人よしでは検校になることはできない。

検校になりかねるはず人がよし

 今も昔も立身出世するためには人間の壁が立ちふさがっていたのである。




江戸川柳 色は匂へ  

「ま」 枕蚊帳(まくらがや)

よく寝れば寝るとてのぞく枕蚊帳

枕蚊帳=幼児用の小さい蚊帳

幼子が寝付いてくれるとほっとする。が、あまり静かに長いこと寝入っていると心配になって蚊帳越しに覗いてみる。大丈夫と確かめて夕食の支度にかかる。

母親の愛情を感じる。

ある時はさしみにかける枕がや

なんて、利用の仕方もある。



江戸川柳 色は匂へ  

「や」 役 人
 
役人の子はにぎにぎをよく覚え  

役人=幕府の役人と諸藩の係りの武士を指す。

武士がすべての権限を握っていた江戸時代は、役人の裁量でいかようにも事が運ぶので、役人への賄賂は大流行であった。

赤ん坊にまで袖の下の生き方が伝わってにぎにぎをよく覚えることであろうという風刺にとんだ一句である。

武士や封建制度に対する痛烈な批判であったために寛政改革のころにはこの句は人目につかないように削除された。

今も役人様は、何をしでかすかわからない。道徳教育を教科に格上げしようとしているお役人が組織ぐるみで天下りをしている。まあこれなどは軽い方で、もっと利権の絡むお役人様は一般庶民の感覚では理解しがたい人が多い。

「おぬしも悪よのう。」は、日本の伝統的文化かも知れない。


2018年6月29日金曜日


江戸川柳 色は匂へ  

 「く」 件の如し(くだんのごとし)

 泣く娘そばで件の如しなり

件の如し=証文の最後に書く決まり文句。

親が年季証文に名を書いている横で、身を売られる娘が泣いている。江戸時代とは庶民にとってはこんな時代であった。

江戸川柳を調べていると奴隷のように金でやり取りされた庶民の姿が彷彿とする。江戸時代がよかったなどという人は何を見て江戸がよかったというのであろうか。

近頃、明治維新を否定するような発言をする人が出てきたが、彼は庶民の暮らしを全く知らない富裕層の一人であろう。
明治維新は一種の日本における奴隷解放の第一歩である。江戸の身分制度を打ち破るエネルギーが芽生えて明治維新へと発展していったのである。
平成の現在、また、江戸の貧富の格差がブラック企業や過労死の問題として表れてきているような感がある。
油断をすると歴史は後戻りをし始める。ここまで来た民主主義をどのように発展定着させていくか国民の意識と学習、そして、行動が試されている。

また、奴隷をつくる貧富の格差社会を望みますか。

勿論、江戸のよい面もある。よい面は日本の伝統として受けつないでいくことが良い。しかし、身分制度の江戸封建社会は改革されるべき社会の姿であった。民主主義への流れは必然の方向性を示している。



江戸川柳 色は匂へ  
 
「の」 後 添 のちぞへ 

 後ぞへは支度も里もないをいれ

 後妻を迎えるのは江戸時代でも大変だったようである。支度がどうの里がどうのと言っていては来てはない。条件なしの元気者が一番である。だから、相手も再婚者や水商売の女が多かった。

 後添の連れてくるのは女の子

 江戸時代では離縁の際、男児は父、女児は母が引き取るのが原則であった。
 落語などでは、江戸では独身男性が多かったので大奥勤めや水商売上がりや後家さんは再婚に不自由はなかったようである。



江戸川柳 色は匂へ 

 「う」 瓜 実(うりざね)瓜実顔の略

 瓜ざねを見せてかぼちゃと取っかへる

 今も昔もある替え玉作戦である。見合いの時には瓜実のような細面の顔を見せ、いよいよ婚礼となるとまん丸いごっつい顔のかぼちゃと取り換える。

 見ましたは細面だともめる也

 ということになる。

 現代では替え玉で問題になるのは運転免許試験や入学試験で事件になることはあるが、結婚ではもうそんなことはない。
 それに近いことは、写真修整の技術がレベルアップして、写真替え玉的な愛嬌のある問題ぐらいであろうか。それももう昔の話かな。